老人 & 高齢者マンション しあわせは いつも♪ あの日から・・・2
 
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じゅん
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あの日から・・・2
救急車に乗ってすぐにいつもの病院に到着。

処置室に入るこーたん。あたしは2,3泊の入院だろうなぁ~ケイレンのお友達は
だいたいそのくらい入院して帰っていくしね。なんて考えていた。
ばあちゃんに電話するが誰も出ない。病院に向っていた。

しばらくして研修医らしきドクターが飲んでいる薬、経過を聞きに来た。
ここの病院の患者だと話しているのにどちらで手術受けましたか?とか
トンチンカンなことを聞く。イライラしそうだったんだ。

こーたんは処置室で治療を受けている。どんな状況なのかを聞きたいけど、
誰もスタッフが出てこないので聞くことが出来ない。
ばあちゃんたちがあたしたちが到着してから40分後に到着。
張り詰めていたのが緩んでしまったのか、泣いてしまった・・・

だって本当に一人で心細くて怖かったんだもん。
ばあちゃんたちが来てからすぐに主治医の大魔神先生が処置室から
顔を出し・・・ ケイレンを止める薬を入れると呼吸が抑制してしまい心臓も止まりかけたので呼吸器につなげましたからと。ケイレンは病院についてからもなかなか止まらなかった様子。熱も40度以上になっていたらしい。急激に熱が出たのか、ケイレンの影響の熱なのか・・・。
まさか、呼吸器につながるなんて・・・
ICUにNOガス(一酸化窒素)が入っていくのが見えたけど、
あれはこーたんのためのNOガス(一酸化窒素)だったんだ・・・
こーたんはまたICUに入っちゃうんだ・・・

詳しい検査はこれからになるという。
CTを撮り、髄膜炎の疑いもあるので骨髄穿刺、脳膿瘍も疑われた。
結局、CTでは何も見えず、髄液は感染しておらず膿瘍も見あたらない。

その後ICUに入室。

面会まで数時間。何をどう過ごしていたのかは記憶にない。

呼ばれてこーたんに会って、大魔神先生と経過を話した。
熱性ケイレンとしか今のところは言えないと。
でも、そんなに高い熱ではなかったのに!今まで40度とか出したことあるけど、
その時はなんでも無かったのに・・・

大魔神先生は静かに話しました。
今まで色々大変な修羅場をくぐり抜けてきたこーたんくん。
頭にダメージが残るようなことも何事も無く乗り越えてきた。
目に見えるようなキズではないけれど、今回の熱が原因で
ケイレンへのスイッチが入ってしまったのではないか?と
思うのです。
ケイレンも軽いものではなく大発作になってしまい、重積にもなってしまった。
今は、全身状態がとても悪く二酸化炭素が体の中に溜まった状態なので各臓器への影響も考えられます。全身の回復を待って、意識の回復を願い、今までのこーたんくんにどのくらい戻れるかゆっくりじっくり診ていきます。・・・と。

このとき、大魔神先生が何を言っているのか理解できなかった。
修羅場をくぐり抜けてきたってこと、全身状態が悪く臓器への影響もある可能性があるってことはわかったけれど、今までのこーたんにどのくらい戻るか?って・・・ギモンだった。
何を言っているの、先生。どのくらい戻るか?って戻らないってこともあり得るの?

とりあえず、今夜は帰ってもいいと許可が出たので家に戻った。
家の中が搬送した時のままになっていて、立ちすくむ。
ストーブも酸素濃縮器もつけたまま、玄関の電気もつけたまま。
数時間前まで、こーたんはここに居たんだ。寝ていたんだ。
なんでケイレンなんか起きたんだろう・・・どうしてなんだろう・・・
なんで、今この時期なの?もうすぐ卒園なのに。
入学する学校も決まったばかりなのに。
一番元気で活気のある時期に起きたの?
どうしてなの!!!!なんで今なのよ!!

その日はどう過ごして寝たのかわからない。

翌朝こーたんがいないことで、現実に引き戻される。
面会に行く準備しなくては・・・こーたんに会いに行かなくっちゃ。

午前の面会・・・
状態は変わりません。脳を守るために低体温療法も考えたんですが
全身状態が悪かったために低体温にするとこの子の場合はもっと悪くなる
可能性があるので、低体温療法は出来ませんでした。

こーたんは2~3日間完全に寝かされたままになっていた。
全身状態の回復を待って、少しずつ覚醒させていって脳のダメージを
調べてみることに。
寝かせる薬を切っていっているのに、こーたんは眠ったまま。
まつげを触っても何の反応もない。手もダランとしたまま。

2月11日 CTを撮った。
脳が浮腫んでいて脳浮腫になっていると言われる。
脳にダメージを受けた場合に浮腫むらしい。
浮腫みを取るために内科的治療を始めた。
治療をしても浮腫みが引かない場合もある。
もう・・・こーたんは今までのこーたんに戻れないと思った。
目も開けてくれない、声も出せない、体も動かせない、
もちろん笑顔だって見ることも出来ないと。

もう・・・何も考えられなくなった。
どうして、こーたんだったのか・・・・・・何度も手術して何度も苦しい思いをして・・・
そして今回のケイレン・・・ こーたんが何か悪いことでもしたのか?
神様は本当にいるのでしょうか・・・見てくれているのではなかったのでしょうか・・・

こーたんの笑った写真が家の中にたくさんある。
全部笑っている。こーたんが遊んでいたおもちゃがある。
これで、遊ぶことはもう出来ないんだ・・・
本も読めない。録音するおもちゃでも遊べない。
苦しくて苦しくて・・・おもちゃを見ても泣き、写真を見ては泣き。

いつも行っていたスーパーには行けなくなり、
面会に一人で行く時、救急車の音で胸が苦しくなり呼吸が苦しくなる。
こーたんに会えば苦しみが治まる。
人に会いたくない。こーたんの元気な時を知っている人には会いたくない。
幼稚園の友達にも会いたくない。誰にも会いたくない、会わなくてもかまわない。
そんな気持ちでずっといた・・・

CTから数日後、神経内科の先生の診断を受ける。
運動分野がダメージを受けている所見です。
足に強く出ていて、車椅子の生活になると思われる。
上半身は下半身よりもよ強いダメージではないので回復していくでしょうと。

このとき、救われた気がした。
車椅子の生活になってもいい。話が出来て笑えて手を動かせるのであれば・・・
この時は何もわかっていなかった。目も耳も回復するって思っていたから。
話せるようにもなるって思っていたから。
翌日よりリハビリが開始となりこれで少しずつでも元気だったときのこーたんに
近づくことが出来るに違いないと。
サクションしたら嫌がってその後笑い顔にもなったりしていたらしい。

少しづつ栄養もつけていき、抜管の日を迎えることになる。
一発でうまくいったが、いつ再挿管になるか微妙な感じだった。
微妙なまま、病棟に上がることになった・・・
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