老人 & 高齢者マンション しあわせは いつも♪ あの日から・・・3
 
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じゅん
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あの日から・・・3
ICUに1ヶ月ほどいたこーたん。3月中ごろより病棟に上がる。
2時間おきのサクション。かなり大変だなと思った。こーたんも辛いけど、
寝れない母も辛かった。
そんな時、一緒の部屋になったコヌさん、ICUも数日かぶっていたのに
一度も会ったことなかった。話をしていくうち、1年前にこーたんがカテだった時1泊だけ一緒の部屋になり少しだけ話した記憶が戻ってきた。
そんな縁からよく話もするようになった。
こーたんの元気な時をあまり知らないコヌさんだから、何でも話せた。

大魔神先生も、担当ナースのまりりんさんも、他のナースのバタ子さんやあやぷ(現在ニート中)そして、師長さんもみんなこーたんのこと考えてくれた。

ゼロゼロがひどくて起きることも出来ず、ずっと寝たまま。
目は上を向き反応がない。
でも、ある朝、夜勤明けのモーリーが「こうちゃん!バイビー♪」と
言ったら、笑った。
え?今・・・笑ったよね?ねぇ?笑ったよね?
笑ったわぁ~~~~!!

「バイビー」という濁音の入った言葉が元々好きだったから
それに反応したのかもしれないとみんなで濁音の入った言葉を
たくさん言ってみる。
でも、全部に笑うわけではない。
きっと、自分がおもしろいと感じたコトバだけに笑うんだ。
こーたんは自分で言葉を理解しているのかもしれないと思い、嬉しくなる。
6月中ごろには筋緊張も強くなり、日々様子の変わるこーたんに戸惑う母。
おしっこがたくさん出たと思えば緊張が強くなり、少しは緊張和らいでいるな?と思えば、ゼロゼロでサクション三昧。
これでは自宅で介護なんて無理だよな・・・自信ないし・・・
目も見えて来ると言われているのに全然そんな気配がない。
耳が敏感すぎてちょっとした音にびくつく。怖がる・・・
このままうちに帰れないのではないか?とかも考えたことがあった。

少し前向きになれたこと・・・
この時期に身障手帳を再取得したこと。
肢体不自由という現実を活字にて再認識した。
こーたんに必要な装具、バギーを購入するに当たって国からの
助成を受けるために取得した手帳。
でも、どこかでもしかしたら、いらないかもしれないじゃないとかも
思ったり・・・。結局取得してよかったとココロから思えるようになった。
バギーも装具も結構な金額なんでね。

夏になり、外へ少し散歩したりもした。
風邪も引いたりヒヤヒヤしたこともあった・・・
緊張和らぐ注射をして睡眠たっぷり取れる日も出来た。
反対に睡眠がとれずイライラする日(緊張強)もあった。
笑うことも増えた。泣くことも増えた。

訪問教育を受けるようになって刺激がたくさん入るようにもなった。

現在は、春に退院できるように、治療を受けています。

+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-
明日、2月6日で入院して(ケイレンから)丸1年になります。
あの日あったこと、今まで何度も書こうと思っていたけれどなかなか
書けずにいました。
別に書くこともないだろう自分が覚えているんだもの・・・
でも、やっぱり書き記すことにより、自分のためになると思ったから。
1歩進めるような気がしたから・・・書くことにしました。
実際、自分はこの先どう進んでいいのかもまだわかってないし、
受け入れた気持ちも実感として在りません。
まだまだきっと受け入れられてないと思う。
この先、ずーっと受け入れられず、でも前を向いていかなくてはならないって
気持ちで進んでいくと思う。

こーたんは伝えたいことも言えず、動かしたくても動かせない手足。
のどが渇いても飲めない、食べれない。
どんなに辛いことなのか・・・
あたしは想像することでその不快さを取り除いてあげることしか出来ない。
こーたんには不十分な取り除きかもしれない。
それでも、前を向いていくしかないんだよね。

長い長い、「あの日から」の記録を読んでいただきまして
ありがとうございました。

ゆっくりゆっくりでいいから、前に進んで行こうと思います。
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